診察の定義
院長 脊椎脊髄疾患診断治療センター長 水野 順一
私が医学部を卒業したのは今から約30年前であり、当時医学生として学んだ多くのことが変わってきました。病院のシステム、電子カルテ、MRI、ヘリカルCTなど、アナログ人間にとっては追いついていくのが精一杯です。なかでも一番感じるのが、診察の形態が変わってきたことです。これは電子カルテの登場とMRIの発展によるところが、大きいものと思います。医学生は5年生になるとポリクリと呼ばれる、臨床の実際に立ち会う勉強があります。その中でいつも言われたのが、問診、視診、触診、聴診でした。すなわち患者さんを見て話を聞き、実際に自分の手などの感覚で診断をつけることです。ところが電子カルテが拡がるにつれ、ついついコンピューターの画面ばかりみていて患者さんを注意深く観察しなくなってしまいました。顔色、皮膚の状態など、確認することが少なくなったような感じがあります。時々患者さんの病院や医師に対するクレームで、向き合って話もしないとの指摘を受けますが、その通りですね。次にMRIやヘリカルCTといった優れた診療機器が使用できるようになり、患者さんに触れることなく病気がわかってしまうようになりました。これは大変便利なことではありますが、患者さんと医師との距離が少しばかり遠くなった気がします。画像が基本的には白黒で、かつ硬さなどもわかりません。実際に触診して初めて、硬さや境界などがきちんと把握できるわけです。患者さんとの信頼を築いていくうえで、触れることは今でも重要な意味が残っていると言えるでしょう。私は脳神経外科脊髄外科医として、外来ではカルテは必要最小限のことしか書きません。その分患者さんと少しでも多く話したり、手足の動きや歩行の様子を見るようにしています。治すべきものは、患者さんなのか、病気なのか、それともレントゲンなのかと考えれば、当然答えは明らかなはずです。患者さんと少しでも多く向き合うことによって、治療に対する信頼を得られるようにすべきと考えています。時代とともに進化する医療環境ではありますが、基本は患者さんと医師、病院の信頼関係をまずは築くこと。それが診察の定義であり、診療、治療の原点ではないでしょうか。