がん医療における遺伝子情報の活用について-その2-
脳神経外科顧問 片倉 隆一
従来がん治療は、手術・放射線治療・薬物療法が三大治療法でした。薬物療法すなわち抗がん剤治療は、がん細胞への殺細胞効果を有するのですが、正常細胞にも作用し骨髄抑制や脱毛など副作用が少なくありません。 ところが近年がん関連遺伝子の研究が進み、分子標的薬が登場しました。がん細胞では変異が起こった遺伝子情報をもとに異常な働きをするタンパク質が作られます。このタンパク質を標的にその働きを妨げがん細胞を選択的に攻撃してくれる薬です。 この分子標的薬を用いるには、がん細胞内にどのような遺伝子変異があるかを調べることが必要となります。最近では、手術や生検で得られる組織標本を用い100種類以上のがん関連遺伝子の有無を調べる「がん遺伝子パネル検査」ができるようになりました。 施設は限られますが保険診療で行うこともできます。この検査の結果、分子標的薬がターゲットとする遺伝子変異があればその標的薬を治療薬として使用できます。 すなわち、最初に述べた抗がん剤は、あるがんの診断の患者さんに同じ治療薬が投与され有効性も患者さんごとに異なり、中には効果が少なく副作用ばかり与えてしまう可能性もありました。これに対し分子標的薬の登場で、一人一人の患者さんに最適な治療薬を選択できるようになり治療成績も向上しつつあります。 このような治療を個別化医療といいます。ただ現在分子標的薬は約20の遺伝子変異をターゲットに約60近い分子標的薬が開発されていますが、このパネル検査で分子標的薬が見つかる可能性はまだ1割前後と少ない状況で、今後の研究が待たれます。
最近、遺伝性がんについて耳にしますので簡単に紹介します。がんは通常遺伝することはないのですが、前回説明したP53のような遺伝子変異の修復に重要な遺伝子に生まれつき変異があると高い確率でがんが発生してしまいます。 P53同様遺伝子変異の修復に関与するBRCA1,2遺伝子に生まれつき変異を有すると、80歳までに乳がんが70%、卵巣がんが20~40%発生することが解っています。このBRCA1,2遺伝子に生まれつき変異があり乳癌になった米国の有名な女優さんが、予防的に乳房と卵巣を全摘出したことは話題になりました。 先程説明したがん遺伝子パネル検査では、このような遺伝性がんにかかわる遺伝子が見つかることがあります。遺伝するとなるとがんに罹患した上にさらに悩みが増えてしまいますが、このような時には県内がん診療連携拠点病院などで遺伝カウンセリングを受けることができますので相談されることをお薦めします。