1804年
麻酔科科長 井上 洋
皆様は西暦1804年で何を思い起こされるでしょうか?
ナポレオンが皇帝に即位した年?いえいえ、実はこの年、我々日本の麻酔科医にとって非常に重要な年なのです。
1804年(文化元年)、11代将軍徳川家斉の治世。紀伊国生まれの医師華岡青洲が自ら調合した漢方薬「通仙散」を用いて世界初の全身麻酔を行い、乳がんの手術に成功した年なのです。その開発中母親、妻を対象に人体実験を行い、母親は命を落とし、妻は失明した史実は有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」の題材にもなっています。
冒頭で「日本の」麻酔科医にとって重要な年と記しました。何故「世界の」麻酔科医にとってでは無いのでしょうか?実は、日本以外の国では世界初の全身麻酔は華岡青洲を下る事40年以上、1846年アメリカ、マサチューセッツ総合病院でエーテルを使って行われた公開手術とされ、今でもその場所は「エーテルドーム」と呼ばれ、全身麻酔発祥の地として現存します。 その一方インカ帝国ではコカを使用し、脳外科手術が行われていたとか、三国志の時代、伝説の名医華陀が全身麻酔を行っていたとか…世界初の全身麻酔認定にも色々大人の事情がありそうです。
時は過ぎ、現代の麻酔科医も1804年に思いを馳せる時があります。それはズバリ麻酔科学会認定専門医試験受験の時です!専門医試験は筆記、実技、口頭から成り、筆記試験でこの年号がよく出題されていたので、試験会場に向かう途中、この年号を暗記したものです。
そんな通仙散の原料の一つ、チョウセンアサガオは日本麻酔科学会のシンボルマークとなっています。そのチョウセンアサガオはダチュラ、エンジェルズトランペット等の名称で園芸目的に販売されていますし、私も以前川岸に自生しているのを見た事があります。白くて大きな花は大変綺麗なのですが、そこは通仙散の原料、決して惑わされてはいけません。 その根をゴボウと間違えて食べた、接木してできたナスを食べた等々での中毒が報告されています。
綺麗な花にはトゲだけでなく、時に毒もあり。しかし、その毒は使い方によって薬にもなります。皆様におかれましては、薬は我々にお任せを、毒は少し吐くだけにして下さい。