手術麻酔の方法とその変遷
麻酔科科長 栗原 正人
麻酔には大きく分類すると全身麻酔と局所麻酔があります。後者はそのやり方によって脊椎麻酔と狭義の局所麻酔に分かれます。手術室で行う大きな手術の大部分は全身麻酔です。外来での小手術には狭義の局所麻酔が使われます。脊椎麻酔は脊髄と言われる神経の束に薬を作用させて痛みを遮断する方法で、下腹部や下半身の手術によく使われます。
手術を行うときには体に創(きず)を作る必要があるため、程度の差はありますが、術後には必ず痛みが発生します。この痛みを軽減させるために、局所麻酔を併用することがあります。硬膜外麻酔は主に体幹部に使用される局所麻酔投与法です。脊髄の外側に細いチューブを入れて、麻酔薬を注入することにより痛みを和らげる方法です。
しかし、最近は血管の病気や血栓の予防・治療のために、血の固まりを抑える薬を使用することがあります。この抗凝固療法の場合には、上で述べたような硬膜外麻酔が実施できないことがあります。そこで”神経ブロック”という処置が行われることがあります。これは痛みを伝達する神経の周囲に、狭義の局所麻酔を行うことに相当します。最近では超音波ガイド下に神経ブロックを行うことが注目されるようになってきました。神経ブロックが普及する前まで、痛み止めの主流は、全身麻酔中に行う鎮痛薬の点滴でした。しかし点滴による鎮痛法では全身に麻酔薬がまわることから、様々な副作用が問題となることがありました。たとえば、ふらつきが出てしまい歩けなくなったり、強い吐き気(悪心・嘔吐)があらわれたりすることがあります。こうした副作用が強い場合、痛みが取れても、ベッドから離れることができず、手術からの回復がかえって遅れてしまうことになってしまいます。さらに点滴による麻酔では、効き具合の個人差が大きい、一種類の薬剤だけで痛みを完全に抑えようとすると結果的に麻酔薬の投与量が増えてしまう、といった課題もありました。
一方、神経ブロックでは、局所の神経を狙ってブロックするため処置が必要な部位だけを対象とすることができます。そのため適切に痛みをブロックできるようになります。このように適切な痛みの軽減を目指せるという点が、神経ブロックの利点といえます。神経ブロックを中心課題に置く学会が設置されるなど、現在の麻酔において神経ブロックは重要な位置を占めています。